次に実際に、責任を与える時に注意すべき点をいくつか列挙する。
(1)責任を果たすために必要な情報を与える
責任を感じさせるために大切なことは、上からの指示や命令によって仕事の統制をはかるのではなく、自分自身の判断や評価によって仕事の統制ができるようにするという点である。いちいち人から指示され、注意されて行動を改善するのではなく、自ら自分自身を振り返り、自分の問題を気づくようにさせなければならない。いわゆる自己評価による自己統制ができるようにする必要がある。そのために重要なことは、自己評価できるだけの情報、つまり、現状はどのようになっており、何が問題なのか、これまでのやり方の何を変えるべきなのかが明らかになるような情報が必要となる。
つまりは、そのことについての責任を感じさせる情報は何かを明らかにし、その情報が本人に提供される仕組みを作らなければならない。次に個々の事例に沿って詳細に解説しておく。
例1)ある中小企業の社長は、部長クラスに会社の収益性の悪化を理解させ、危機感を持ってもらおうとしているのに、実際の会社の損益計算書は見せていない。一般に、部長クラスにさえ、会社の決算書を見せていないところは多い。損益計算書も見せずに、会社の状況を理解させ、危機感を持たせようとしても難しい。たとえ見せたとしても、肝心の損益計算書の見方さえ指導していないところが多い。
例2)お店の店員に対して接客レベルを上げさせようと教育することは当然必要なことであるが、店員自身に自分の接客レベルを上げなければならない、自分の接客レベルがお店の評価を決めてしまうのだという意識を持たせるためには、店長がいくら説得するよりも、お客様が不満に感じたことや、良いと感じた気持ちをアンケートで収集し、それを店員にフィードバックすることのほうが効果的である。それだけで、店員は自分自身の行動を変えなければならないと自ら感じるものである。顧客の声を直接聞くことができるようにするだけで、店員の行動は確実に変わる。
例3)管理者として効果的に部門メンバーをリードしてもらいたい、と思うのなら、その管理者の部下がどのような気持ちで仕事に臨んでいるのか、管理者の指導方法や接し方をどのように感じているのかについて、意識調査をし、定期的にその結果を管理者にフィードバックする方法がある。この情報によって、管理者自身にこれまでの部門運営のやり方や指導方法を自ら変えようと感じさせることができるようになる。おなじように、経営者が経営方針を社内に浸透させる責任が果たせているかどうかについても、社員の意識調査をすることにより知ることができる。そして、これまでのやり方でよかったのか、それとも違うやり方を考えなければならないのか判断できるようになる。
結局、的確な判断をするには、その判断に必要な情報を与えることである。そのために必要な情報とは何かを常に考えなければならないし、それを提供するにはどうしたらよいかを見極め、情報提供の仕組みをつくりあげなければならない。
(2)成果が上がっているかどうかのチェックが可能となる情報を与える
成果が上がっているのかどうかのチェックも、つとに必要である。そのためには成果指標を明らかにし、チェックが容易に行えなければならない。なんとなくうまくいっているのではないかでは、意味がない。
そこで、通常まず最初に取り組まなくてはならないのは、組織単位ごと、チームごとの成果が明らかになる情報を組織単位メンバーにフィードバックする仕組みを作ることである。たとえば、最近はやりのチーム組織が、責任と権限を与えているのにうまく機能していないのは、この点を欠いている場合が多い。このチェックがうまく機能した場合の例を以下に上げる。
例)ある建設会社の営業所では、営業所ごとに損益計算書と貸借対照表を持っている。原材料費、外注費、人件費はもちろん、営業所の賃借料をはじめすべての諸経費、また、売掛金や原料在庫に応じて発生する金利もすべて計上され、それに応じて、営業所の利益が出てくる仕組みにしている。普通の営業所長なら、売上を上げよう、粗利を高めようにしか意識がいかないところが、この会社の営業所長は、営業所の利益を高めるには、仕入れをどう下げるか、金利負担をどう下げるか、いかに仕事の生産性を高めるかといったようなことにまで意識がいくようになり総合的な判断が下せるまでになった。
この例のように、組織単位ごとの成果指標である情報が明確でなければ、京セラのアメーバー組織も成果をあげることができなかったかもしれない。京セラでは少人数の組織単位の業績を、「一人当たり時間あたり付加価値」で表すことにより、組織メンバー全員に責任を感じさせることができている。
ちなみに、情報を与える場合に、その情報自体はどのような要件を備えていなくはならないのかを示しておく。
@情報はわかりやすく……情報はできるだけわかりやすく、誰が見ても理解できるようになっていなければならない。いくら組織単位ごとの決算書を作成し公開しても、その決算書をどのように見たらよいのか組織メンバーがわからないようではいけない。
A情報は比較しやすく……情報は何かの基準と比較できるものにしておく必要がある。情報そのものは単なるデータでしかないときがある。そのデータに意味を持たせるために、基準となるものや他と比較できるものにしておかなくてはならない。
B情報はタイムリーに……、情報はリアルタイムでなければ使えない。企業の決算書のように、前期が終わって、2ヶ月以上もたってから、知らされても遅いのである。
(3)責任を果たしうる力をつけさせる教育を行わなければならない
責任を与え、自己統制できるだけの情報を与えても、うまくいかないことは多い。そのときに、経営者は、やっぱり自分が出ていって指導しなければならないと思ってしまう。会社が危機的な状況の時は、もちろん黙って見ているわけにはいかないし、経営者は指揮命令で組織を動かさなければならない。しかし、そこまで切迫した状況でもないときに、責任を与えたといいながら、自分が対策を考え、指示命令をするならば、部下に責任を感じさせることはできない。
このような時にやっぱりこれではだめだと決めつけて、元のやり方に戻るのではなく、経営者としてやるべきことがある。経営者は、“指示命令”で効果的な行動を行わせようとするのではなく、“教育”によって、部下自らの力で効果的な行動がとれるようにしなければならない。教育もせずに、部下に能力がないというべきではない。それこそ、経営者としての責任を果たしていないことになる。
高度情報化時代と言われて久しいが、これからの時代では、学ぶということがますます重要になってきている。まさしく知識がものを言う時代になってきているのである。技術革新が加速度的に進化し、最速で情報が世界の隅々にまで伝達される時代においては、知識はすぐに古くなる。従って、一旦学校を出たら、それでよしというのではなく、生涯に亘って日々学び続け、自らの知識技術のブラッシュアップを図っていくことが必要となってくる。今後は、より教育が必要とされるようになる。
次に社員を教育する場合の要件について述べておく。
@プロフェッショナルをよりプロフェッショナルにする教育……これから教育に必要なのは、通り一遍の知識を詰めさせることではない。そういったことで成果が上がり、実績に反映できる時代は終わった。これからの教育に必要なのは、プロフェッショナルをよりプロフェッショナルに育成する、高度な教育である。
Aオリジナルな教育……外部の研修に出ることも良い刺激となるであろうが、自分のやっている仕事を題材にした研修を社内で行うことが効率的に言って一番良い。自分の仕事の担当部門の計画を立てるなどである。その中で、事前に良い方向に修正をかけることもできる。
B自ら教育者となる教育……人に教える機会をつくることは大変重要なことである。人は他人に教えるときに一番よく学ぶものである。部門内において、新しく学ばなければならない知識をリストアップし、それを順番に誰かが講師となり、他のメンバーに教える機会をつくると良い。それだけでも、社員の知識レベルは向上する。
こうした教育の機会をつくることにより、思わぬ副次効果が生まれることもある。学生時代にできた交友関係が長く続くように、共に学んだ者同士は人間的なつながりが深くなるものである。大企業などでは事業部門の交流がうまくいっていないことが多い。そこで、一つの解決策として、事業部間にまたがった教育機会を作ることにより、そこに参加した人たちはその後も人間関係ができる、部門間の交流も図れることになる。
(4)注意しなければならない経営者のタイプ
さて、以上のように、責任を与えるといのはどういうことか、その場合の注意点とは何かを述べてきたのであるが、企業は経営者次第で大きく変わる。社員に責任を与えられるかどうかは、最終的には経営者がそれを望むかどうかで決まると言って過言ではない。社員に責任を付与していく際にマイナスとなってしまいがちな経営者のタイプを以下に上げるので、ぜひとも経営者の方々の自己チェックポイントとして活用していただきたい。
気を付けないといけないタイプ
@社員は皆弱いから、自分が守ってやらなければならないと思っているタイプ……たとえば、親の目から見れば子供はまだまだ経験がないからとか、まだまだ弱いからといって、自分が守ってやらなければならないと思いがちである。そうした場合、ついつい子供の考えを尊重するよりも自分の考えを押しつけてしまうことがある。こうしたことは、あくまでも親にしたら子供のためにやっているつもりでも子供の側からすると、親は自分を信用していないとか、頭が固い、と反発させてしまうことになりかねない。それと同じで、経営者が社員に対して、自分が守ってやらなければならないと思うことは大切なことだが、だからといって、自分の言うとおりにさせることとは別のことである。社員はそれぞれに自分にはない力を持っていると認められなければならない。松下幸之助は、部下には自分の持っていない能力があると認め、その能力ある人に仕事を任せ成功した好例である。
Aカリスマ性を持たなければならないと思っていたり、カリスマ性を持っている経営者に憧れているタイプ……カリスマというヒロイックな響きは多くの経営者にとって、魅力であろうし、自らがそうであると自負なさるむきもおられるだろう。しかしながら、このカリスマ的指導者がいかに危険なものであるかは、多くの不幸な例を引くまでもないことである。人は神ではない。経営者といえども良い時、悪い時、得手不得手があって当然。自分にとって最良の方法でも、すべての社員にとってもそうであるとは限らないのである。押しつけ、命令だけでは組織がぎくしゃくするだけである。
B自分がなんでも知っていなければ気が済まないタイプ……何かと心配性で社内のことなら何でも自分が知っていなければ安心できないタイプの人は用心が必要である。何でも事細かに報告する必要を義務づけられるとどうなるのかは、既に述べた通りである。
以上のようなタイプは、そのままでは社員に本当の意味で責任を与えることができない。それでは、いつまでも人材不足を嘆くことになってしまう。自分が元気で運にも恵まれている時は、それでもいいかもしれない。しかし、そうではなくなった時はどうなるのかを考えていただきたい。企業は、どんな時にもより良い形で存続し続けなくはならないのである。
対策としては、たとえば、事業全体には影響の少ない、万が一失敗してもかまわないと思われる程度の小さい組織(チーム)をつくり、そこに全権を与えてみることである。その組織がやることには一切口をはさまないし、報告を受けるのも事後報告とするのである。その組織が成果をあげたなら、自分のこれまでのやり方を変革しようと思えるようになるはずである。また、外部の人間を社外取締役にするなどの方法も良いであろう。
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