1.チームで行う経営 〜一人でできることの限界を悟る〜
世の中に数多(あまた) ある企業の中には、成長している企業とそうでない企業とがあります。この分かれ目はどこにあるのか、両者の違いは一体何であるのか、これさえ知ることができたら、というのは私達経営者共通の切なる思いではないでしょうか。
ドラッカーは、その名著『現代の経営』(ダイヤモンド社刊・上田惇生訳)の中で次のような興味深い事例を挙げています。これは、アメリカのある一流銀行での話ですが、顧客企業の調査を担当している部門の調査部長に対して、一つの宿題が出されました。課題の内容は「顧客企業の経営がうまく行われているかどうかを判断する目安はないか」それを探せというものでした。銀行の場合、融資先を決定するには、その企業が伸びるかどうかを判断しなければなりません。日本の銀行も、これからは担保価値だけではなく、その企業自体の成長度を判断していかなければなりません。しかし、これは難しいことです。融資先候補の企業の成長性を、誰もが客観的に判断できる目安を見つけ出すことは、銀行にとって大変重要な課題です。
経営者と個人面談をして判断する方法もありますが、その方法で判断するのは、相当な力のある人間にもなお困難なことです。また、現在の利益だけを見るのでは十分ではありません。人をぎりぎりまで減らして、人件費を押さえていたり、新商品開発に力が入っておらずお金もかけていないといった場合は、数年後にはその企業がどうなるかわからないということもあります。逆に、まったく利益をあげていなくとも、長期的な開発努力がいよいよ実り、驚異的な成功を遂げる直前であるかも知れないのです。
この調査部では、数百にのぼる企業を調べた結果、ついに一つの目安となるものを発見しました。その調査結果は、まったく予想もしないものでした。それは、今日に至るまで、どの経営書にもほとんど書かれていない、誰も気がついていないことだったのです。そして、この発見によって、現にこの銀行の融資の成績は目に見えて改善されました。調査部長の答えは次のようなものでした。「企業トップの報酬が、他の経営陣の数倍にもなっている会社は、経営状態がかなり悪い。逆に、経営陣のうち、トップと上位4、5人の報酬の差があまりない企業は、マネジメント全体の仕事ぶりや士気が優れたものであることが多い。」というものです。ナンバーツーの報酬がトップの75%〜90%に至っているかどうかで決まるということです。
これは、大企業に限ったことではなく、成功している中小企業についても同じことが言えました(新しくできたばかりの会社は例外とする)。事業部制をとっているところでもそうでした。このような目安でアメリカの企業を見ていくと、成長している企業のほとんどが、経営陣の報酬に大きな差がなかったのです。今は停滞期にある企業でも、成長している時には、そのような体制であったことが報告されています。日本でも、ソニーの井深さんと盛田さん、ホンダの本田宗一郎さんと藤沢さんの事例があります。
他方、トップがナンバーツーの倍以上の報酬を得ている企業では、トップからの指示命令によって組織を動かしているということが推測されます。つまりワンマン経営に近いやり方をとっているということです。このことから分かるのは、設立したての企業を除けば、経営者一人で企業を経営し続けて行くことは難しい、ということではないでしょうか。
我々は、「経営者は一人である」ということを当たり前のことに思っています。しかし、それには根拠というものはないのです。経営は、経営者一人ではなく、少なくとも二人、できれば三、四人のチームで行うべきものであるとすればどうでしょうか。たった一人の人間ができることは知れているということ、それぞれの人間がもっている様々な視点で物事を見て意志決定する方がより良いものになるということ、それぞれに重要な仕事を分担して行えるようにしたほうが効率的であるということを考えてみてください。
もちろん、危機的な状況の時、緊急の状況の時は、最終決定は一人の人間に集中しなければなりません。船が沈もうとしている時に、船長は会議を開いて対策を考えようとしてはいけません。しかし、そのような時以外は、チームで経営を行うべきであるということが、先の事例の調査結果からも学べます。一人の人間が権力や指示命令でもって組織を動かしても大きな成功はないということです。権力や命令で人が動く時代ではないということは、誰もがわかっていることでしょう。しかし、本当に実践しているかどうかは、このようなところに現れてくるのです。
今一度、ご自身の会社を見直してみて、もしそのようになっているとしたら、もう一度これまでの経営者としてのあり方を点検してみてください。本当に自分は、従業員の能力を信用しているのか。自分の指示命令だけで組織を動かそうとしていないか。もし少しでも、そのようであるなら、これからの経営環境で自社が成長していくことができるのかどうか問い直してみてください。これから先、益々、権力や指示命令では組織を動かせない時代が来るからです。働く側の人たちが決定的に変わりつつあるのです。
2.指示・命令ではなく、創造と自発による経営 〜何が組織を動かすのか〜
組織が、権力や指示命令で動いたのは、肉体労働が主体であり花形である時代においてでした。高度経済成長の時代、力のある経営者たちは勢いに乗って、肉体労働者を強制的に働かせることができました。単純作業においては、経営者や監督が目を光らせて、体を動かしているかを監視し、さぼっていたなら、命令で動かすことができたでしょう。一生懸命、勤勉に働くよう駆り立てていたのです。しかし、そのような単純な肉体労働に従事する人の割合は低くなってきました。例えば、農業ではバイオテクノロジーを使うようになり、工場でもコンピュータを使ったり、高度な機械設備を使って製造することが多くなりました。肉体労働者から知識や知恵を使って働く、知識労働者に変わってきたのです。このことは、ドラッカーが何十年も前から言ってきたことです。
その結果、変化したのは、知識労働者は権力や指示命令では効果的に動かせない、駆り立てて働かせることができないという点です。例えば、パソコンの前でじっと画面を見て、考えている人は、実際は何を考えているのかは本人にしか分かりません。周囲からは、一生懸命仕事のことを考えているように見えても、実は今日のお昼ご飯を何にしようかと考えているかもしれません。その姿を監視して、今働いているかどうかをチェックすることは不可能です。監視の上、強制的に働かせることはできないし、納期を決めて無理やりにやらせても、良い内容の仕事になるとは限りません。いやいや行う仕事から優れたものは生まれないからです。
知識労働者が大きな成果を出すには、知恵を出さなければなりません。今までのやり方を工夫改善して、もっと良いやり方を見つけ出さなければなりません。言い換えれば、「創造性と自発性」が出てこなければならないということです。そして、創造性と自発性は、命令からは出てこないし、知恵を出せと命令しても、出てくるものではありません。従って、このような知識労働者が組織の多くを占めている現代では、組織を権力や指示命令で動かそうとしても、うまく動かないということになります。
では、指示命令に代わるマネジメントとはどのようなものなのでしょうか。現在、世の中の多くの企業が、これに対して、様々な方法で手を打っている最中です。実力主義の人事評価制度、組織をフラット化しチーム制を取り入れる手法、権限と責任を与えて自由に活動できるようにする仕組みなど、これらは、成功している企業では実行済みの施策ばかりです。しかし、これらの試みが、必ずしもうまくいっているとはいえません。
ある企業での話です。チーム制を取り入れて、チームリーダーにすべての権限を与え、成果が上がれば、それに見合った報酬がもらえるようにしました。経営陣はこれで、みんながやる気をもって働いてくれるだろうと考えました。しかし、その会社では、結局何も変わらなかったのです。打たれている対策は、どれも他の成長している企業においては成功している方法ばかりなのに、従業員の動き方はこれまでどおり変わらない。一体何が問題で、どこが違うのでしょうか。
調べてみると、問題はその組織の中に信頼感があるかどうかの違いであったのです。従業員が上司や経営陣を信頼しているかどうか。経営陣が従業員を信頼しているかどうか。この信頼感が保たれている企業においては、様々な対策が効果を上げていることが判明しました。この信頼関係がなかったらどうなるのでしょうか。新しい施策を導入しても、従業員は、「どうせ今度の制度改革も我々をうまく使って働かせようとしているだけ」ではないか、「何か裏があるに違いない」と感じてしまいます。当然、そのようなところでは、創造性も自発性も出てきません。
この信頼感を醸成するには、まず第一に、経営陣に公正さ公平さがなければならない、これは当然のことです。しかし、問題はそれだけではなく、現に公正さと公平さがあっても信頼感が生まれていないことが多いようです。コンサルティングの仕事では、企業におけるあらゆる階層の人と話をする機会があります。その際、社長について見れば、社員のことを真剣に考え、やりがいの感じられるような良い会社にしたいと思っていて、公正さや公平さも感じられる方であるのに、社員に聞いてみると、うちの社長は社員のことをあまり考えていなくて、会社の利益のことしか関心がないと思っていることが多々あります。お互いの間にあるのは不信感です。なぜ、こういったケースが発生してしまうのでしょうか。
それは、そこに対話がないからなのです。お互いにただ思い込んでいるだけで、両者に対話というものがなく、あるのは報告と連絡だけ。つまりは一方通行になっているのです。報告や連絡が頻繁にあると、上に立つ者はコミュニケーションがとれていると錯覚してしまいがちです。しかし、報告、連絡は対話ではありません。そして、組織内部の軋轢の多くは、お互いに対話があれば発生しなかっただろうにと思われるものです。これは、あらゆる階層、あらゆる場面について言えることです。経営陣同士の対話、上司部下との対話、顧客・取引先との対話。これからは、あらゆる対話が必要なのです。思い込みではいけないのです。何事も勝手に決めつけてはいけません。
一口に対話といっても、どのような対話をすればよいのでしょうか。「私は、これについて、こう考え、このようにしたいと思っているが、あなたはどう思うか。」「あなたは、私に対して、どのような支援を望むか。」「私が、あなたの仕事の力になることはないか。逆にあなたの仕事に迷惑をかけていることはないか。」というようなことについて、同僚、上司、部下との間、部門間などで話すことを習慣化することによって、社内の不信感や軋轢が見る見るうちになくなっていくのが感じられるはずです。社長室にこもって、部下からの報告を待っているようではいけません。管理者も同じです。自ら出ていって、対話の機会を持つようにするのです。このような対話は何よりも、相互信頼関係をもたらします。そのような状態になってこそ、組織が有効に動くようになり、様々な対策が生きてくるのです。
3.学ぶ場を提供する経営 〜良い経営をするには体系的に経営を学ばねばならない〜
組織を指示命令で動かせなくなるということは、従業員それぞれに権限と責任を与え、自分で考え、自分で行動し、成果を出せるようにしなければならないということを意味します。これからは、従業員一人ひとりが、まるで経営者のように働いてもらわなければならなくなってきます。しかし、急に経営者のように働いてもらうといっても、本人はどのようにしたらよいかわからないことでしょう。これまでは、指示命令のもとで働いていた人なら、とまどってしまうのは当然のことです。ちゃんと信頼感が醸成された組織であるからといって、それだけでうまくいくわけではありません。
少し喩えが悪いかもしれませんが、人間の手で育てられた動物を野生に帰すのに、トレーニングもなく、いきなり放り出してしまうのに似ています。これからは、自分の力で生きてゆきなさいといわれても、その動物は、どうしたら餌をとれるのか、どこで何をして生きてゆけばいいのか、野生の仲間とどう接したらよいのか、てんでわからないことばかりです。そのまま放り出せば、死んでしまいます。やはり、自然界で生きていくためのトレーニングを積ませ、見守ってやらなければなりません。権限と責任を与えて、仕事を全面的に任せるということも同じことです。従業員一人ひとりが経営者のようになるには、トレーニングが必要なのです。
経営者のように仕事ができるように従業員を教育する、つまりマネジメントを教える必要があるということです。事業とはどのようなものか、経営者の役割とは何か、目標はどのようにして設定したらよいのか、組織はどのようにして作ったらよいのか、意志決定をするときには、何をどう考えたらよいのか、人材の育成はどのようにしたらよいかといった経営のあり方を教えなければならないのです。そして、それを従業員に教えるのは、経営者の仕事であると思います。というよりも、その企業にふさわしい経営を教えられるのは、経営者本人しかいないのだと思います。
しかし、これまでいろいろな企業を見てきましたが、経営者自身が社内で、経営のあり方、マネジメントについて体系的に教えているところはほとんどありませんでした。経営者の方にその必要性を話すと、そのことは重要だとおっしゃるのですが、他方、経営というものを体系的に教えることは難しいとおっしゃいます。謙虚な方は、まず自分自身が学ばなければならないとおっしゃいます。従業員に経営を教える必要性はあるのに、それができないとしたら、どうすればよいのか。外部でそのような教育をやっている機関を使うという手もありますが、ここで重要であるのは、経営は体系的に学ばなければならないということです。でなければ、経営者としての力は付きません。財務会計だけを学んだからといって経営ができるわけではありませんし、人事を学んだから、マーケティングを学んだから、生産管理を学んだからといって経営ができるわけでもないのです。経営者としての力をつけるには、経営をトータルに体系的に学ばなければならないのです。
これからの時代においては、経営者は従業員にマネジメントを学ばせなくてはならなくなると申し上げました。特に、経営者が自ら社内で、従業員に向けて経営のあり方について教えるべきだと思うのです。そして、それでは足らない部分を外部の機関に任せるというふうに考えるべきです。また、社内において、あるいは外部の機関において経営を学んだ人は、社内の部下や他の人にそれを教える機会を持つべきだと思います。人間は人に教えることを通じて、自らが一番よく学ぶことができるからです。
4.挑戦する機会をつくる経営 〜新しい時代には新しい行動が必要である〜
さらに、経営者は従業員一人ひとりに新しいことに挑戦する機会をつくらなければなりません。挑戦的な仕事でなかったら、これまでと同じような仕事をこれまで通りやっていくのであっては、意欲は高まりませんし成長もできません。マンネリ化した環境の中では、知識労働者には創造性も自発性も出てきません。新しいことにチャレンジすることによって、初めて創造性も自発性も出てくるのです。例えば、若いうちから、新規事業をいっさい任せる、大きな会社であれば、グループ会社の経営を任せるといったことをやってみるのです。「知識労働者は、彼らが彼ら自身に課する要求の程度に応じて成長する」とドラッカーが言っています。
そして、3番目の経営を教えることと、4番目の新しいことに挑戦させることにおいて、つまりは何をしているのかといえば、「有能なリーダーを生み出し続ける仕組みを作り上げる」という取り組みをしているのです。これを行うことによって、将来のリーダーを育て上げることができるのです。
5.新しい経営者になる
以上のようなことについて、真剣にお考えいただければ、自分自身のこれまでのあり方にいろいろと気づかれることがあるはずです。それを、まず書き留めていただき、明日といわず今日から、何か一つ新たなことに取り組んでいただきたいのです。ドラッカーに興味を持っていただいたのなら本を買って読んでみることからでもよいと思います。何かを変えるには、良い考えがあるだけではいけません。実践が伴わなければなりません。これをお読みいただいた時間を、この機会を、決して、無駄にしないでいただきたいのです。
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